2006年7月5日水曜日

こどもび~る

昨夜は大阪・東京で開発の仕事をお手伝いしていただいている、
某社のN社長と若手営業マンのY君と焼き鳥を食す。
なんか久しぶりに表参道で食事をした感じ。

お酒を飲まなくなってもう2年・・・かな・・・。
焼き鳥と言えばビールに焼酎。
でも僕は「こどもびーる」です。

いやいや煙草は29歳で、お酒は35歳でやめることになろうとは、
流石に予想できませんでした。
店員さんの「お飲み物はどうされますか?」に3人とも、
「こどもびーる」を注文。
これってどうよって感じです。
でも見た感じはビールなのです。
味は・・・甘いのだ・・・。
1本飲むのに甘党の僕でも1時間は掛かりました。
今度は「こどもしょうちゅう」にしようかな~(発売されていませんよね?)。

その帰り道、BWの取締役であるTから電話が。
T「もしもし今どこですか?」
僕「青山」
T「丸の内でK先生と食事してるんですけど、来ません?」
僕「行く!」

会社に戻る予定だったのだがちょいと寄り道(?)で、
青山から丸の内へ向う。

思えばTとは長い付き合いだ・・・。
僕が21歳、Tが19歳の頃、
あれから17年・・・。
二人とも結婚して子供が出来て、
すっかりオヤジになった。
何を隠そう今から10年前、
BWの記念すべき最初の売上1万円は、Tの財布から出たものだった。

僕らは簿記専門学校の公認会計士講座で知り合った。
毎日寝食を共にするぐらいの付き合いで、
24時間、365日、殆ど一緒に過したと言っても過言ではないぐらい濃い付き合いだった。
ちなみに僕は大学に通いつつ、
簿記の会計士講座にも通い、
「園田軍団」という訳の分からない集団を作ってみんなで日夜勉強に励んでいました。
この軍団は10人を超える大人数になり会計士を目指すという共通の目的があったためか、
かなり結束力のある集団になっていました。
そのメンバーの殆どが会計士となり、
今では非常に優秀な人材として社会で活躍しているような状況です。
僕は3年程勉強したのですが、
結局は合格することはできませんでした。
Tは大学に在学中に会計士試験に合格し、
大学卒業後、金融、コンサル会社と渡り歩き、
その後、B社を簿記専門学校時代の親友であるKと設立し、
BWとB社との協業が始まりました。
Kとは実家が近く、
簿記専門学校時代からの付き合いだ。
書き出すと止まらなくなるので、
この辺の話はまたの機会に・・・。

丸の内で合流してみると、
TとK、
それに17年前と何も変わっていない、
K先生がそこにいた。
K先生と言っても僕と同じ年で、
僕はXXちゃんと呼んでいる。
簿記専門学校で講師をしていたので僕からすれば先生なのです。
ちなみに今は会計士です。
僕の苦手な英語圏で世界のビジネスの中心でもあるニューヨークで6年も仕事をしてたりして、
すっかり雰囲気が変わっているのかと思ったら、
これが全然・・・。
会って2人とも「変わってへんやんかー」と関西弁で第一声。
安心した。
昔話などで盛り上がり、
仕事の話もでき納得の夜でした。

僕は結構、不器用な生き方をしているような気がする。
回り道ばかりをして、失敗をして・・・。
でも年を重ねるごとに、
生きている時間に何一つ無駄なことなんてないと思うようになってきた。
その失敗を糧に次の時間を生きれるように、
「将来を真剣に考える」ことはとても大事なことだ思う。
将来が漠然としていて、イメージできなくても、
一生懸命にやるべきことをやっていれば自ずと結果は出るものだと思う。
結果が出るのに、
10年、15年、20年、あるいはもっと先になって、
結果が出るようなこともあると思います。
夢や理想を持ち続けるからこそ、
その結果はついて来るのだと思います。

「継続は力なり」

僕らは会計士を目指していた頃、
「30歳になったらどんな風になっているんだろう?」と話し合ったことがあった。
当時のメンバーが30歳を過ぎて集った時、
それぞれ職業や立場は違っていたけど、
想像していた以上に遥かに楽しい30代を迎えていました。

今の僕は50歳のイメージを持って日々を生きています。
50歳になったらどんな風になっているのだろう?
今から12年後が本当に楽しみです。
まずは納得の40代を送れるようにがんばります。
と言っても30代も後2年ありますので、
40代に向う準備をしっかりとしておきたいと思います。

日々「初心を忘れず」に10年後に懐かしい話で盛り上がりたいと思う1日でした。