2005年6月26日日曜日

今度?

トラブル発生!
こんな時にほとんどの人があの時に、
時間のある「あの時」にやっておけば良かった・・・。
あるいは「もっと注意しておけば良かった・・・」、
今度はもう二度と同じ失敗をしない。
みんな思うことです。

これは「今度」がある場合です。
仕事を含め、人生の中で、
「今度は失敗しない」・「今度はがんばる!」という言葉がいつまで使えるかと考えると、
今度のある人は本当に幸せな人です。
ただ悲しいかな人生においては、
「今度」という言葉が使える回数は、
徐々に減ってきているものです。
年を重ねるごとに・・・。
失敗を重ねるごとに。

若い人であっても同じことで、
ある年齢では許されることも、
今の年齢では許されない失敗があるのです。
僕がここで使っている言葉で、
失敗という言葉が妥当かどうかは分かりませんが、
与えられている時間の使い方を間違えたくはないものです。
失敗することが駄目だと言っているのではないので、誤解のないように。

目の前にあること、遊び、仕事、なんでもそうですが、
全てに同じように貴重な時間を使っているのですから、
何をやっていても、納得できる時間にしたいと思いませんか?
僕は納得したいです。
そう思っていても、「あっ!」と思うような時間の使い方をしているのに気付き、
「もったいない・・・」と思うことがあります。

僕の場合、ある時から強烈に時間を意識し、
与えられている時間を最大限に輝かしい時間の連続にしたいと思うようになりました。
それでも、どんなに全力でやっていても、不満は残るし、
「あの時に」という後悔もあります。
言い様の無い恐怖さえ感じる時があります。

なんのために今の時間を使っているのか?

平凡な毎日を過すために働き、
適当に働いたら家に帰って好きなことをする。
これの繰り返し・・・。
「つまらない俺(私)の人生・・・」
なんて言う人がいますが、
それはその人が、それを望んでいるからそうなっているのです。
平凡な毎日が悪いと言ってる訳ではありませんので悪しからず。
本人にとっては平凡な毎日が、
他人から見れば、とんでもなく刺激的な毎日であったりするわけで、
そのアグレッシブな時間を普通と感じられることにより、
その人は更に高次の時間へと移ることができるのではないかと僕は思います。

言いたいのは気持ちの部分です。
自分が変わらない限り、
自分の持っている時間の流れは変わらないのです。

多くの人は普通に生きていれば、
自分の時間が止まることなど思いもしないでしょう。
でも様々な理由で突然その時間は止まってしまう可能性があります。
もっと言えば止められてしまう可能性もあります。
僕は自分の時間でさえ、完全にコントロールできるとは思っていません。
本当に突然に、延々と続くはずであると思っていた時間が奪われてしまうのが人生なのです。

そう考えると、「今度」なんて言う前に、
全力で時間を使いきり、
「今度」の無駄使いをしないようにしたいですよね。

「君の人生で今度はあと何回残ってますか?」

今から1年後、もっと短く半年後でも構わないので、
自分がどうなっているか想像してみてください。
そして半年後の自分や1年後の自分に約束をしましょう。

「僕(私)はこうなっている!」と。

ちなみに今の僕は、1996年7月1日の僕が約束を守ってくれたことに感謝しています。
そして、今の僕は2005年10月1日の僕に約束していることがあります。
その約束は・・・。