2004年9月3日金曜日

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8月29日、日曜日。
新大阪から東京へ。
今日の午後の打合せがキャンセルとなり、
ゆっくりと東京に向うことができた。
今日、打合せの後、Yと一緒に夕食を食べることになっていた。
僕も結構なマシンガントークを炸裂させるが、
Yのマシンガントークは僕を上回るのではないだろうか。
YがBWの面接に来た時は、技術もシステムに関する知識も持っておらず、
全くの初心者で、自分の強みは何かを聞いたときに、
「記憶することです」と言ったのが印象的であった。
Yはまだ社員が片手で足りるぐらいの人数の時から、
BWの急成長期を共に歩んだ1人である。

新幹線に乗り込んで、京都までの記憶はあるがそれ以降は、
眠ってしまっていたようだが、携帯がブルブルと震えドキッとして目を覚ました。
慌てて席を立って携帯に出ると、「Sです」という声が。
S、32歳、独身。
Sは2002年の冬、大阪から東京に転勤になった。
Sが東京に出ることになったのは僕が大阪本社に戻っているときに、
開発チームのフロアーに行ってSの肩に手をのせたのがきっかけだった。
「S、東京行くか?」
「僕はどこにでも行きますよ!」という言葉が印象的だった。
僕の手がSの肩から離れた2日後にSはカバン1つを持って東京に来ていた。
第一ソリューションチームに所属していたのだが、
今は東京BWのソリューションチームのリーダーである。
S:「社長、ひどいっすよー!」
僕:「何?」
S:「夜、Yと食べに行くんでしょ!」
僕:「ああ(なんで知っとんねん!)」
S:「催促ではないですが、僕も行きます!」
間違いなく催促の電話であった。
Yも僕と一緒に今日の打合せに参加する予定だったので、
その後、夕食をとることになっていたのだ。
結局、3人で青山の「元気」に行くことに。
因みにこの2人はBWの中でも大食漢に分類される2人である・・・。
そう言えばかなり以前に大阪で遅くまでがんばっていたスタッフ3名ぐらいと
焼肉を食べに行こうと言って、会社を出て5分程でお店に着いたのだが、
お店に着いた時には何故か人数が増えて7~8名、さらにどんどん後から
お店にスタッフがどこからともなく集ってきて、大宴会になったことがあったけな~。
この時に召集をかけたいた主犯格はSだったと睨んでいることをここで明らかにしておこう。
「元気」で仕事の話やら雑談をしているところに、
東京での僕のナビゲーターであるAから電話があり、この場に合流することに。
大いに4人で盛り上がり、楽しい夜を過せたのだ。
次回はSにご馳走になろう。
チャンチャン。